2010年6月7日月曜日

ドライヴその2

真っ青になった車族、協議の結果仲間に入れてもらうことになった。でもなんたって初心者。だれかが必ず助手席に乗ってくれることになった。その頃毎年20日間ほど、初夏にワルツ王ヨハンシュトラウスの孫、エドアルト シュトラウス指揮のコンサートツアーがあって、全国を回っていた。その初日、甲府を皮切りに北は新潟、南は九州まで行く長いツアーが始まった。連れて行ってもらえるというので、まず甲府まで運転して会場に乗り込むと、同僚が真っ青になった。まさか、まさか。ほんとにきちゃったの?次の日からスッタモンダがはじまった。長野、新潟、金沢、京都、高松、広島、小倉、久留米、岩国、岡山、福山、大阪、名古屋、浜松、最終が東京。全行程3500キロ。母から箱根だけは運転しないよう懇願されたが、箱根の山越えをしてしまった。えっ、何故山越え?思われる方はお若い。実はその頃はまだ、東名も中央道も無かったのですよ。しかも、女性ドライバーときたら殆ど見かけなかったから、とても珍しがられた。お目付け役のカーキチたちからは、ビシバシしごかれ涙をこぼす場面も何回もあった。徹底的にマナーからテクニックから教え込まれ、帰ってきたときはいっぱしのドライバーになっていた。その後真っ赤なカローラは10数万キロ乗り回し、左側のドアは殆どもげ落ちそうになって、使命を終えた。環境基準規制もなかったから、回転数を目一杯あげ、本当に良く走った。今でもあの走りを思い出す。初代カローラはあのクラスの名車でした。
その後は仲間と認められ、演奏旅行は必ず車。1回に3000、4000キロくらいは走り、年に数回出かけたので、職業ドライバーを除いては結構な距離を走ったと思う。通勤にも使っていたし。よく、コンサートが終わって、こんなに疲れているのによく運転するね、と言われるけれど、私にとってはまたとない息抜き。特に終わってからの安らかな気分の運転は最高。少しも苦にならない。

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