数年前から始まったピアニスト3人ヴィオラ・ヴァイオリン各1人、最近はソプラノも加わっての勉強会も今年は今日で最後、来年からも継続する約束をして今日は忘年会のはずが忙しい人も居るので来年の新年会に持ち越された。
今日は喉を痛めてしばらく歌うのをひかえていたソプラノのMさんも日本歌曲を歌った。
かつてオペラで数々のプリマドンナを務めた彼女が本気になったのは訳があって、介護施設に入っている彼女のお母様が彼女の歌を聴きたがっているというので、来年に入ったら私たちでおしかけて演奏するから。
彼女の歌の伴奏をする他に、ピアノソロ、弦楽器のソロを交えてのプログラムになる。
いつもケアハウスでやっているボランティアと同じ。
私の母は私がヴァイオリンを弾くことを生涯反対していたから(堅気の仕事では無いと思っていた)ついに一度もコンサートには来てもらえなかった。
一度くらい聴いてくれてもよさそうなものなのに、母の心中では楽器を弾いて職業になるなんてことは絶対に認められなかったようだ。
死ぬ間際まで「もうヴァイオリンはやめなさい」と言っていたから、本当にやくざモノだと思っていたに違いない。
だから娘の歌を楽しみにしてくれるお母さんなんて、私から見たら後光がさして見える。
そのくせ私の母は女学生時代にかのハイフェッツを聴きに行ったことがあると自慢していた。
あるいは、私の練習を聴いていて、これは到底モノにはならないと思ったからかも知れない。
まさかハイフェッツと比べたりしていないでしょうね。
今日はピアニストのOさんの家が会場。
Oさんの家は広くて素敵な調度品に溢れているが、住む人も減ってしまったので減築することになった。
今年の夏はその工事が入っていてOさんは忙しかったにもかかわらず、私の希望のR・シュトラウス「ソナタ」に付き合わされてヘトヘトになっていた。
やっと工事が終ったところで今日の会となった。
明日も又、Oさんの古くからのお弟子さん達が集まっての勉強会でシュトラウスを弾くことになっている。
シュトラウスの若き日の作品だから未熟な点もあるかと思うが、私はこの情熱の赴くままにたっぷりと歌うことのできる作品が、なによりも好き。
ヴァイオリンの技術の粋をあつめ、かつ世紀末の爛熟した和声を表現し始めたシュトラウスに感謝したい。
あまりの弾きにくさにピアニストのOさんはこの曲を嫌っていたけれど、いつの間にか文句を言わなくなった。
やれやれ、やっとこの曲の良さがわかってくれたのか・・・それとも諦めたのか・・・・
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