2015年11月19日木曜日

美容院デート

美容院を紹介してもらったのが始まりで、毎月ランチを一緒にするSさんは、私たちの業界の花形だった。
美人でヴァイオリンが上手くて、気っ風の良い姉御肌。
テレビ番組やスタジオでの録音、ステージなどの仕事で時々一緒になると、よくお喋りをした。
彼女の方が年下だけど、同じくらいの世代だから共通の友達も多い。

彼女はずっとゴルフが趣味で、犬を飼っていた。
私とは少し趣味が違うけれど、会えば話しが弾む。

私がゴルフをやらないわけは簡単。
私は自分が跳んでいる状態が好き。
スキー、ダイビング、乗馬など、どれも自分が跳ぶ。
ゴルフは球は飛ぶけど、自分は飛ばないからつまらない。

犬は私も大好き。
それでもちゃんと面倒がみられないので、飼ったら犬が可哀相という理由で飼わない。
そのかわり、外で犬に会うと触らせてもらう。
犬に好かれて、しょっちゅう飛びつかれたり舐められたりする。
最近では、私に出会うと狂喜乱舞、もうどうしていいか分からないくらいはしゃぐ柴犬さんとお友達。
とくに大きな白い秋田犬に出会ったときには、いきなり私の両肩に手をかけて立ち上がり、顔中舐められたことがあった。
飼い主が真っ青になったけれど、犬の気持ちが分かる私は全然怖くない。

趣味は多少違うけれど、Sさんとは旅の仕事などもよく一緒だった。
彼女が都合が悪く出来ない仕事に、私が代わりに行ったことも。
あれは熊本で、その時もSさんの代わりにステージで演奏していた。
リハーサルの時、ステージの雛壇の後ろにストッパーがなかった。
イスがステージから落ちないように、大抵のステージは雛壇の後ろに長い木を打ち付ける。
その時はまだリハーサルが始まったばかりで、準備が出来ていなかった。
私も気をつけてはいたものの、稀代のおっちょこちょい。
すぐに忘れてしまった。
リハーサルの途中で、前の人の楽譜を覗き込んで、音を確かめようと立ち上がった。
その時僅かだけど、イスを足で後ろに押してしまったらしい。

そしてイスに座ると・・・スローモーションを見ているような感じで、イスがゆっくりと後ろに傾き始めた。
楽器を手に持っているので、どうしようもなく、そのままゆっくりと仰向けになっていく。

私の取り柄というか、鈍さというか、そういうときにやたらに騒がないで、なにが起きているのか理解するまでは、なにもしない。
このまま落ちると後頭部を打つぞ、なんてことも考えない。
おやおや、どうしたらいいかな、とにかく楽器は離さない・・・なんて考えていたら突然イスが何かに引っかかって止った。
ちょうど45度くらいの角度で止ったので、天井を見ながら考えた。
どうやって起き上がろうか。

すると、スタッフが大慌てで走ってきた。
そして、その第一声が
「楽器は大丈夫ですか!」だった。
舞台やさんたちは弦楽器が高価なことを、良く知っている。
もし、楽器が壊れたら莫大な弁償金を支払わなければならない。
私はたとえ頭打っても、元々そう良い頭でもないし、骨折しても保険がきくから大丈夫、ちょっとボルトを入れればいいことだし。
まずは楽器から心配しないと。
楽器は無事だったし、私も無事だけど、無性に腹が立った。
「なんで楽器の心配ばかりするの?私の心配はしてくれないの?」
斜めになったまま私は口を尖らせて、文句を言った。

雛壇の後ろにかなり高い位置まで照明器具がせり出して来ていて、それに乗りかかる様な形で、イスが止ったらしい。
やれやれ。
本番が終って、スタッフたちと飲みに行った。
酔いが回ってきたところで1人が「Sさんの代りの人が来るというので、楽しみにしていたんですよ。どんな人かなあって。そうしたらSさんより、もっと怖い人が来たのでショックでした」と言われた。
Sさんは全然怖い人ではないけれど、はっきり物を言う。
初めて会った人は、ちょっとビビるかも知れない。
その人よりも、もっと怖い人というので盛り上がって、美味しいお酒を頂いた。

次の朝、春というのに季節外れの雪が熊本に降った。

Sさんにはオシャレの情報も、教えてもらう。
あそこのエステ、こちらのアートメイク、次は睫毛のエクステも。
今日はSさんとの月一美容院デートの日。
同じ日の同じ時間に次の予約を入れて、イスを並べてお喋りしながらカットやカラーリングをしてもらう。



























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