2012年7月16日月曜日

人と動物

インドでは犬、サル、牛が人間と同じ地面に横になったり歩いていても誰も気にしていない。日本だったらサルを見たら追いかけて捕獲するものだと思っている。サルも凶暴になって子供をひっかいたりする。犬も噛みつく、野良猫はおびえる。この違いはなんだろう。宗教観?衛生意識?確かに動物はどんなばい菌をまき散らすかわからないから、隔離したいと思うのは当然だと思う。でも、待てよ!はじめは全部一緒に暮らしていたはず。猿がきたないなら、人間はもっと汚い。世界中を旅行して訳の分からないばい菌を持ち帰ってくる。今まで行ったことのある国々では、日本ほど動物がおびえている国はなかった。カナダでは人が通るすぐそばで洗濯をしているアライグマを見て仰天した。リスが堂々と道を横切る。トルコの猫たちは道端で通りすがりのヒゲ男たちに頭を撫でられ、ヌクヌクと昼寝を決めこんでいた。中国では犬猫はみんな食べられてしまうのか、あまり姿は見かけなかった。チベットでは大型のチベット犬が茫洋とした顔で寝そべっていた。ドイツでは良く訓練された犬が引き綱なしで散歩していた。驚いたことに他人のそばを通り抜ける時に、尻尾を巻いて耳を垂れ、敵意のないことを示しながら歩く。ここまでやるか、さすがドイツ人。オーストリアでは放し飼いの巨大な黒犬と会話してきた。アラスカではソリを弾く何十頭の犬たちの真っただ中に入って、私も犬になってきた。犬は仕事をするのが本当に嬉しいらしく、ソリ引きにあぶれた犬たちは悲しそうに鳴き声を上げる。稚内の犬橇レース。動物虐待?とんでもない。犬たちが嬉々としてソリを弾くのを見ると、そんな心配は吹き飛んでしまう。さて今度訪問するイギリスではどうかしら。まさか日本のようにかわいそうな動物たちが溢れてはいないでしょうね。しかし動物愛護の先進国のイギリスで、キツネ狩りがスポーツとしてあるなんて、許しがたい。今度イギリスに行ったら行く先々でキツネ狩りの非情さをアピールしてこよう・・・と思うけど、英語でキツネ狩りをなんと言うのかしら。話がイギリスにとんだついでに、今年もロンドンアンサンブルの公演に一日だけ参加することになりそうで、去年はヴィオラの絃の選択を誤って、本当に鳴らすのに苦労した。まだ、正式に返事はしていないが、今年は弦を変えてみたら、うん、以前の音に戻ったかも。もう二度と弾かないなどと言いながら、また苦労の種をしょい込んで、でも大好きなマーラーのピアノカルテットがプログラムにあるから楽しみ。マーラーのシンフォニー「巨人」に巨人の死を悼んで動物たちが葬送行進をするところがある。集まって嘆いているうちにだんだん楽しくなって大騒ぎ。いいなあ、私は動物葬にしてほしい。沢山の動物が集まってキャンキャン、キーキー、ニャーニャー、なんて幸せなお葬式!死ぬのが楽しみになってしまいそう。

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