2011年7月31日日曜日

西湘フィルデビューコンサート

オーケストラアンサンブル西湘から別れ、西湘フィルハーモニー管弦楽団として再出発したオーケストラの第一回目の記念すべきコンサートが、今日秦野市文化会館小ホールで開催された。プログラムは「カルメン」くるみ割り人形から「花のワルツ」などよく耳にする名曲をそろえ、ゲストは地元のピアニスト、石井晶子さん。曲はシューマンの協奏曲で、私はピアノ曲の中でもとりわけこの曲が好きだから、うれしく弾かせていただいた。しかもアンコールにシューマンの「子供の情景」の一曲目、それはもう美しく演奏されたので、惚れ惚れと聴き入った。余談ですが、実は最近ピアニストたちと「弾く会」を毎月行っていて、なんだか私もピアノが弾きたくなってきた。そこで「アカデミア」から取り寄せた楽譜が「子供の情景」。イエルク・デムスの名演奏にほれ込んでいたので、弾くならこの曲と思っていたから。シューマンはこの上なく美しいけれど、妙にむずかしい。今日のソロは素晴らしかった。そして、最初は人数がそろわずどうなるかと危ぶまれていたオーケストラも立派に演奏した。本当に音がよく響き、旋律を歌い上げて名演となった。去年のオーケストラアンサンブル西湘としての第一回目の定期演奏会の時よりも、はるかに音がいい。これは身びいきでない。だれかが突出しようと言うのではなくて、音を融合させようと言う姿勢がまず成功の元。一人一人の技量はまだまだだが、なんとかいい音をと追求した結果が、この音をもたらしたのだと思う。指揮者の力量でもあるけれど、メンバーもバランスのとれた人たちが集まったというべきか。今後が楽しみで、でも、ここまで育ってから又、分裂などしないことを祈るのみ。意見なんか違うのは当然で、音楽を作り上げる姿勢があれば、分裂なんてしないはずなのに。こんなに育った音を捨てるのは、愚の骨頂だと思う。とにかく今後の大いなる発展を期待しよう。

2011年7月27日水曜日

仕事

今年の3月までに仕事はやめようと思っていた。あとはゆったりと、わずかなたくわえで細々やっていくはずだった。活動しなければ費用もかからないから、うちでチンマリしていよう。そのもくろみは外れ、ガンガン出費は嵩む。うちにいると家のことが気になる。水道やガスや、建物の傷みなどが目に付くようになって、つい器具を取り替えたり修理したり、当然費用がかかる。私のいままでの経験から、お金がなくなってくると仕事が入るのが常だった。今年前半、震災や建物の老化などで修理したものだから預金残高が減ったので、失くなった仕事がジワジワ復活しはじめている。そうすると有難いことに収入もあることになる。なんだ、やっぱり仕事について回られているじゃないか。ただ、音楽家の仕事は現場にいるだけが仕事ではない。むしろ表面に出るまでの練習が大変。会社勤めのように5時に終わったら、次の朝までは仕事しないというわけにはいかない。うちに帰ってからも練習、仕事に出る前も練習、休日でも練習・・・・だから仕事の量が増えると練習量もどんどん増えていく。疲れる。ピリピリする。今のところまだ平穏無事だが、また秋くらいから増加の兆しが見える。仕事は本当に好きで、一時期仕事が減った時には少しさびしい思いもあった。でも、この半年は、とても幸せ感にあふれた時期だった。学生時代以来緊張し続けてきたことが解けて、大変安らかな時間が流れ、これからは自分自身を充実させるために、絵を見たり音楽会にも足繁く通って楽しもうと思っていたけれど、どうやらもう少し働かされそうな気がする。せっかく遺影を撮ったのに、お休みはまだ先のことになりそうで、半分がっかり、半分うれしい。

2011年7月26日火曜日

遺影

最近知り合いになった写真家のNさん。ヴィオリストのFUMIKOさんのご紹介で、彼の写真展で、東日本大震災のチャリティーコンサートを開催していただいた。その時のお話で、今日は私の遺影を撮りに見えた。遺影?縁起でもないと思うかもしれないが、その人の生きているうちに一番好きなことをしていたり、好きなものに囲まれていたりする時の、元気な姿を撮っておけば、その人となりがわかるというもの。亡くなった時にいざ写真をさがしても、集合写真だったり、証明書用の写真だったり、いいものが無いことが多い。Nさんからのご依頼だったけれど、わざわざ埼玉県から川崎市の我が家まで来てくださって、重いカメラを何台か持ってフウフウしながら現れた。FUMIKOさんとデュオをしているところをパチパチ撮り、その後一人ずつ・・・カメラマンの目はじっと見据えるようで、顔が近々と寄ってくるので思わず笑ってしまう。心外そうに真面目にダメ出しをしながらまたパチパチ。FUMIKOさんはモデル体型で写真も撮られるのに慣れているけれど、私は撮ってくれる人などめったにいないから、すっかり照れてしまう。特に歯を出して笑ってという注文はうれしくない。なぜなら私の頬は笑うと、冬眠に備えて餌を思いっきり詰め込んだリスみたいに、ふくらむから。ハロウインのかぼちゃを想像していただくとわかりやすい。あんな風になります。どんなふうに撮れたか、そのうち彼のブログに載るとおもうので、その時は転載させてもらえるかもしれない。遺影というからにはお葬式もセットになっているかというと、それはやらない主義だから、nekotamaに載った写真をご覧になって、私をしのんでください。でも、あと20年は生きる予定なので、もう一度撮りなおさないと、天国の入り口で今の写真と照会されたら、入れてもらえないかもしれない。

音は軽井沢に

どうやら私のヴァイオリンは軽井沢の家に音を置いてきてしまったようだ。自宅に戻って音を出してみると、ん、全然違う。ノンちゃんの家で弾いたときは、あんなにいい音だったのに。すっかりこもってしまっている。ノン家は天井の高い、壁は木の家。我が家も新築するときに、木の壁にしてほしいと言ったら、なんだかんだで、木の壁紙にされてしまった。初めのうちはそれでもいい音が出たのに、最近荷物が増え始めたら、なんだかいい音がしない。ためしにでーんと居座って居る、でかい革張りの椅子を外に出したら、それだけで音が良くなる。いつの間にたまった荷物が音を吸ってしまって、最近はこの部屋で良い音が出たためしがない。それがノン家では低音がズシーンと響き、それはそれは心地よい。ヴァイオリンはそれ自体は小さい楽器だけれど、壁や天井や建物自体に反響して、音が出来上がっていく。だから周りの環境を味方につけないと、死んだ音になってしまう。部屋を見回すと、あるはあるは、旅行用のスーツケースが3個、パソコンの必需品が詰まった段ボール箱。本。ピアノの上に楽譜の山。楽器のケースのいらないものが山積みされている。これはもう倉庫状態だと気が付いた。物置の鍵が壊れていて使えなくなっている。早急に物置を買ってガラクタを移してしまおう。そうでないと、私の音はいつまでもノンちゃんから離れないで、あのうちに留まってしまう。私がこちらからせっせと通えばいいけれど、そうもいかないからこれは急を要する。いままでどうして気がつかなかったのだろうか。雑木林の中のあの家に目を覚まされた。

2011年7月24日日曜日

雑木林の中で

軽井沢に来て、あっという間に3日が過ぎた。毎日沢山食べ、よく笑い、そして雑木林を眺める。少女時代にタイムスリップしている。林の中の家なので、どの窓からも木が見える。今は緑一色。これが春夏秋冬彩りをかえる素晴らしさをノンちゃんが熱を込めて語るので、秋には又是非来たいと思う。昼食が終わり昼寝の時間、居間のソファーに寝転がると大きく開いた窓から、木々の緑とその後ろの空が見上げられる。至福の時。思うのは子供の頃、私の家は広い裏庭があって、手入れが行き届かないので、雑木林になっていた。ぼんやりした子供だったから、そこで1日空を眺め、雲の行方を追っていた。正にそのまま、再現されるとは思わなかった。毎日お隣に行ってお料理好きのお二人にごちそうになり、飲んでお喋りをして、楽しい時間が過ぎて行った。独りもよし、いっしょに会話もよし、幸せに暮らした数日。明日は早朝に帰路につく。玉三郎をはじめ、猫たちどうしているかなあ。ママはもうすぐ帰るからね。帰った時は拗ねて知らん顔しないで。

2011年7月23日土曜日

食った食った!

昨日朝、軽井沢駅近くのお店で買い物をして、ノンちゃんの別荘についたのは丁度昼食どき。横川の釜飯を買ったので、食べる。その後ちょっとソファーに横になったら、あっという間にぐっすり眠りこんでしまった。その後ノンちゃんのお隣さんの映画のプロデューサーのFさんと元雑誌の編集長で、今は織物と染色をやっているOさんが訪ねて来た。夕飯をいっしょにいただくことになった。お隣からは牛肉のサラダとひじきを炊いたものが持ち込まれ、こちらは手巻き寿司の用意をする。皆料理の達人なので、味は絶妙。日本酒で盛り上がった。日頃アルコールを飲まない私もお付き合いの杯がすすんで、楽しい会話がはずむ。自分の道をしっかり進んできた人たちは会話も素晴らしい。牛肉のサラダのドレッシングは、どうやってこんなにいいバランスが出せるのかと思うくらいの味。ひじきもふっくらと炊けて、今まで私が食べたひじきの中では最高だった。男勝りに仕事をこなして、料理も上手い。その道に長けた人たちはなんでもこなせるものだと、ほとほと感心した。今日は夕方から私の友人…というか、皆さんと知り合いの女性コントラバス奏者が加わる予定に
なっている。又今夜も食べ過ぎだなぁ。胃がうれしい悲鳴をあげている。

2011年7月21日木曜日

明日から軽井沢

軽井沢の別荘に行ってまいります。と言っても私の別荘ではなくて、スキー仲間の通称ノンちゃんの家。雑木林の中に木の皮で葺いた屋根、壁。絵本の中にあるような可愛いおうち。なにを隠そうノンちゃんのご主人は有名な絵本作家です。社会性のある独特の子供のための絵本をつくっています。京都大学で理系の勉強をしていたのに、いつの間にか絵本をかいているという変わり種。その奥様のノンちゃんはお人形つくりうん十年。アニメ映画やテレビ番組のお人形もつくっているので、どこかで彼女の作品はごらんになっていると思う。近年、バックステージで活躍した人に対するバックステージ大賞を受賞して、その賞金がこの別荘になったそうだから、この家は長年の汗の結晶と言える。そこにのこのこと出かけることにして、その上友達と勝手にまちあわせて一緒に食事をしようと好き放題。ノンちゃんは太陽のような大きな気持ちの人だから、ニコニコとなんでも許してくれる。でも、この道一筋にキャリアを積んでいる、そんじょそこらにいるような人ではないので、少し恐れ多いといつも思っている。本当はノンちゃんなんて呼んではいけないとは思っているけれど、初めて月山でお目にかかった時からわあ、ステキな方だなあと思っていた。ずっと前から知っているような、たぶん前世で私の飼い主だったのかもしれない。そう、私の前世は野良猫(山猫)でした・・・・と思う。今楽器をもっていくかどうか悩んでいる。なにも避暑に行くのに楽器など、と思うけれど、いってなにしてるのさ・・・と思うとなんにも。なんにもしないのがいいところなのに、うちにいてもなんにもしていないから、せめて避暑地では弾くかなんて、はた迷惑な話かも。ご近所から苦情がでるかな。いろいろ悩んでおります。

梅雨が明けたけど

晴れて暑い日はこの数日中休み。雨が続く。気温も20度台で、猫たちが私の布団に集まってくる。しのぎやすくて助かるけれど、楽器が湿気るのがつらい。昨日夜弁護士さんが二人、レッスンを受けにきた。8月6日(土)午後2時 トッパンホール。「法友会」という法律家の室内オーケストラがあって、そこでソロを弾くお二人。曲目はモーツァルト「コンチェルタンテシンフォニー」ヴァイオリン、ヴィオラの二重協奏曲。ヴァイオリンとヴィオラがある時は単独で、ある時は微妙に絡み合いながら、えも言われぬ響きをかもしだす素晴らしい曲で、私もオーケストラをバックにソロを弾かせてもらったことがある。非常に技術的にも難しく、高度のアンサンブル能力を要求される。昨日お二人は雨の中やってきたので、楽器はすっかり湿気を帯び、初めの美しいユニゾンが響かない。東電さんには悪いがエアコンを目いっぱい稼働して、ようやく音が鳴るようになるまでにはかなり時間が経った。超忙しい弁護士をしながら、二人ともよく弾くものだと感心する。司法試験の難関を突破した頭脳と粘りが、楽器の技術習得にも力を発揮するのだろう。気の毒なのは雨続きなので、すっかり湿気った楽器がせっかくの演奏効果を半減させている。私の自宅のように普通の家屋では、湿度の調整も完璧にはできない。コンサート会場では一定の湿度に保たれているはずだから当日は大丈夫としても、今週はずっとお天気が悪そうで、それまで苦労しそうだなあと他人事ながら取り越し苦労をしている。百戦錬磨の弁護士さんはあがることがないということなので、当日の名演奏を期待したい。気がむいたら聴きにいってあげてください。入場無料です。

2011年7月19日火曜日

なでしこJAPAN

金メダルに沸く日本。選手も監督もおめでとう!アメリカのゴールキーパーが試合前に「日本は試合よりもなにか大きくて、高潔なもののためにプレーしている。そんな相手と対戦するのは難しい」と語っていたという。「精神一到何事か成らざらん」という言葉があるけれど、なにか神がかったものが日本選手の上に宿ったのか。こう言うと、戦争中の竹やりで上陸してきたアメリカ兵に立ち向かおうという馬鹿げた教育みたいだけれど、小柄で腕力も筋力もアメリカ人にはかなわない日本女子が優勝をもぎとったというのは、もう一段体力に勝る何者かがあったのだと思う。アメリカもさることながら、まずドイツに勝ったというのが奇跡的。だれもがドイツに勝てるとは思っていなかったようだ。残念なことに私はテレビでゲームを見ていなくて、次の日の昼頃、コンサートの通し稽古が終わった時に初めて知った。スポーツ観戦はあまり好きではないが、絶好のチャンスを逃したのはドジだったと思っている。でも、私の人生「残念!」なことだらけだから、まあ自分らしいとは言える。沸きに沸いているのに水をさすようで申し訳ないけれど、まだまだ震災後の復興はできていないことを一日たりとも忘れてはならない。だんだん記事も小さくなっていくけれど、原発の後始末などはほとんど進展がないようだし、事故後の被害はむしろ拡大の一途。なにかここで目をそらしているうちに、結局役所も政治家も、改革などは絵に描いた餅となってしまいそうで怖い。努力した選手の皆さんには申し訳ないけれど、今の私にはこの快挙も手放しで喜べない気がする。

2011年7月18日月曜日

池本純子さんとモーツァルト

池本さんは今年82歳、東京音楽学校(現芸大)を卒業して長い間活躍されていらっしゃる。今でもわが古典音楽協会とは、毎年のようにモーツァルトの協奏曲を協演、私たちもこの上ない喜びを持って一緒に弾かせていただいている。まず、音の美しさ。珠玉のようなという言葉が当てはまる。淀みなく流れるリズム、フレーズの輪郭がはっきりしていながら、染み入るような静謐さ。音楽にのめりこんで行く集中力。一流の芸術家だけが持ち合わせる才能が、そこにある。去年は東京文化会館の書類審査にもれてしまった。その理由は聞くところによると、まず年齢が高すぎる。いつも曲目が似ている。等々。こんな理由で落とされるなんて、なんと馬鹿げたことかと思っていたら、今年はやはり復活できた。年齢が高いことと、演奏の内容となんの関係があるのか。曲目が限られるのは、私たちの古典音楽協会は演奏が文字通り「古典」に限られているからであって、その範囲でとなると、やはり、モーツァルトが最高峰であるから、毎年そのうちのどれかとなる。こんなにモーツァルトの演奏にふさわしい人はなかなかいないと思う。毎年弾きながら感動で泣いてしまう。今年は17番、23番の協奏曲を演奏。開場すると客席は満員で、マネージャーが大喜びしている。東京文化会館の小ホールを満員にするのはなかなか難しい。これも長年のキャリアに対する信頼のあかしであると思う。私が82歳になった時に、はたしてヴァイオリン持つことができるかどうか。協奏曲を2曲暗譜で弾いてのける体力と精神力は、並みのことではない。また協演できることを心から祈っています。

2011年7月17日日曜日

大倉山記念館

今日の仕事場は東横線大倉山にある大倉山記念館。かつて国立図書館だった古風な建物は、私が子供だった頃と変わっていない。大倉山駅を降りて線路沿いに、急な坂道をのぼっていくのが大変。今日は特に気温も高くて、抜けるような青空。丘の上に行くまでは日差しを遮るものもなく、ヒーハー言いながらたどり着く。ここで水曜コンサートというのをやっていたけれど、まだあるのかしら。若い音楽家のために水曜日に会場を提供してくれて、自由にコンサートを開くことができた。若いまだ駆け出しの音楽家にとっては、有難い企画だった。若くもなく駆け出しでもなくなってからも、時々お声をかけていただいて、好きなように弾かせてもらえて、なん周年かのパーティーにまで呼んでいただいた。神奈川新聞の主催だったと思う。文化を大切にする横浜市ならではの企画だった。リサイタルを開くのは会場費やプログラムの印刷代、マネージメントの礼金など、かなりのお金がかかる。ここでリサイタルをやれば、会場費も印刷代も、マネージメント料金もなくて済む。本当にありがたかった。今日は弦楽アンサンブルの指導をして、終わって急坂を駅に向かって下って行くと、今までなかった新しいお店が目についた。楽しそうなパン屋さん。大勢人が買い物をしている。次々と目に飛び込んでくるおいしそうなパン。ついつい山のように買い込んで、次はブティック、素敵なワンピースがウインドウに飾ってあるのにひかれて、フラッと入ってみた。とても面白いデザインだし、なによりもお値段が安い!もしかして古着屋さん?聞いてみると、うちは古着は一枚もありませんという返事。それでこのお値段?突然、目がランランとするのを感じる。店内くまなく物色。残念ながら私はスタイルいまいちなので、どんなに素敵でも着られないものが多いけれど、3枚ゲット。満足な買い物でした。暑い中仕事したご褒美ね。

2011年7月16日土曜日

環八大渋滞

は、いつものこと。環八に入る手前(我が家は川崎市)も、ものすごい渋滞。いつもなら、15分圏内の道が50分かかった。のんきに家を出て渋滞に遭ってかんがえたら、今日から3連休、しかも、そろそろ夏休み。うかつでした。カルテットの練習で荻窪へ出かけた。いつもなら時間に余裕があるので、昼食を食べてコーヒーを飲んでちょうど練習時間となるはずが、今日は同じ時間に出たにも関わらず、ぎりぎり、コンビニでおにぎりを買って、すみません食事ができなかったのでなどと言い訳をしながら、みんなの前でモゴモゴ食べる。今日練習するはずの曲を出る前に一応おさらいをしていった。もうこの曲も3回目だし、ほんの少々かいつまんで、フムフム、こことここが難しいなどとチェックをして、一応さらったつもりで行ったら、ガーン、今日は新しい曲を始める約束だったらしい。なんの記憶もない。そんな約束しましたっけ?みんな新しい曲を開いて澄ましている。アワワ、初見だ!ジワリと汗が出る。初見は得意な方だったから、若いころはあまり練習していなくても弾けたものだった。今はそうはいかない。動体視力が遅くなって、なかなか眼球が付いてこない。それで、以前よりは初見力が落ちた。冷や汗かきかき何回か合わせていくうちに、ようやく曲が見えてくる。練習が終わっての帰り道。もう環八はこりごりだから、井の頭通りを環七に抜けてと思って、カーナビをセット。ところがこのカーナビがものすごく役立たずで、少し脇道にずれるとどうしても幹線道路に戻したがる。世田谷は昔農道だったせいで、道はグチャグチャ、始末に悪い。自分が知らないところだと、どうしてもカーナビの言うとおりに走ってしまう。これが間違いのもとでせっかく避けて通った環八に戻されたり悪戦苦闘して、這う這うの体で我が家にたどり着いた。厄日だ!

地震そして池本純子さん。

東京文化会館のリハーサル室。練習も佳境に入って、ソリストも私たち古典音楽協会のメンバーも集中して素敵な世界を作り出していたのに・・・・はじめ、めまいかな?天井を見上げても回っていない。次の瞬間グラリときた。ソリストは動じないで演奏している。管楽器の方からアッというような声が上がって、一瞬音が乱れた。しかし、弦楽器はだれも止まらない。ソリストは音が乱れた方をチラッと見て、何事もなかったかの様にまた演奏に没頭し始めた。しばらく揺れが続いている間に考えた。スタジオのあの重い扉がゆがんで、もし、開かなくなったら閉じ込められちゃうなあ。でも、演奏はやめるわけにはいかないから、あきらめて楽譜に注意を集中しはじめた。閉じ込められたら一晩中モーツァルトを弾いていよう。今日のソリストは池本純子さん。御年・・・私たちよりかなり先輩だが、毎年ここ文化会館小ホールでリサイタルを開いている。驚いたことに年を重ねるごとに力強さが増していく。そして曲の輪郭がはっきりしてきて、モーツァルトの深い心の奥底にある苦しみや悲しみが、より強烈に感じられるようになった。それにしてもなんと純粋な音楽なのだろうか。私たちメンバーは何回も演奏のお手伝いをさせていただいたけれど、本番では毎回あまりの美しさに皆涙を流してしまう。音楽は人なり。なんでもそうだが、結局は最後に現れるのは人間性。池本先生の演奏を聴くといつもそう思う。

2011年7月14日木曜日

マジック

渋谷で仕事の合間、食事をしようとイタリアンレストランに入った。時間が夕食には少し早めだったので私一人。誰もいないお店の中央に一つだけ丸テーブルがあって、そこに案内された。とても本格的なイタリアンで、おいしいので気に入っている。今日もパスタの茹で加減が絶妙だったので、満足したついでにエスプレッソをたのんだ。仕事場はすぐ近くでいつもコーヒーが入っているから、ここで飲むことはないと思ったけれど、なんだかゆっくりしたくなって。それを感じたかのようにウエイターがやってきて、このお店にはマジシャンがいるので、マジックをお見せしてもいいか、と尋ねてきた。ほかにお客さんもいないので、私一人のために?驚いたけれど、もちろん見たい。エスプレッソを飲みながら見せてもらった。若い男性のマジシャンはまず、コインを使った。テレビなどで時々ネタばらしをするから、こうやっているのだろうと推測はするけれど、瞬きをしないように目をこらしても、鮮やかにだまされてしまう。どんなに考えてもわからない。コインがグラスを自由に通り抜ける。最後にはいきなり大きくなってコインのマジックは終了。次はカード。いずれもよく見るマジックだが、これも本当にどうやっているのかわからない。最後に自分の名前を書いたカードが小さく畳まれて財布の中から出てきたのには驚いた。だって、ずーっと目の前にいるマジシャンの手を見ていて、畳むヒマなんかあるわけないのに。見事なマジックを自分一人で独占するのは悪かったけれど、またとない楽しい時間をもらって、ラッキー!終わる頃には店内はお客さんでいっぱいになっていた。会計の時にマジシャンへのチップを載せようとしたら、あっさりと断られた。なんだったのだろうか、このサービスは。とにかくもう一度行ってみようという気になったのだから、宣伝効果は抜群だけど。

2011年7月13日水曜日

イギリス館

横浜山手、外人墓地近くにあるイギリス館。懐かしいなあ。およそ30年近くに亘ってここで演奏していた。隔月だったり毎月だったり、年間6・7回は演奏していたと思う。いつもお客さんは常連が多く、休憩にはワインを出してくつろいでいただいた。今でこそ、どこのコンサート会場も休憩時間に飲み物を提供しているが、その頃はまだそんなことをするのは珍しかったと思う。そのせいかどうか、お客さんがいつも沢山来てくださった。ここは私の修行の場だった。お客さんが目の前に(時にはぐるりと取り囲まれて)いるので、全くごまかしがきかない。マニアになると楽譜を覗き込む人さえいた。楽しい時もあれば、震えながら弾いた時もあった。ここでどれだけたくさんの曲を弾いたことか。
今日はヴィオラのFUMIKOさんが出演する室内楽のコンサート。会場に入って行くと、以前と全く変わらないたたずまい。こんなところでコンサートがあるの?と聞きたくなるような、静かな重厚な玄関をはいると、かすかにチェロの音がきこえてくる。
モーツァルト 「ピアノ四重奏」
ベートーヴェン「ヴァイオリンとチェロの二重奏」
シューベルト「ピアノ五重奏 鱒」
FUMIKOさんは鱒をイメージした銀灰色の細身のドレス。いいなあ、スタイルがいいと。私も若いころはほっそりだったのに、今やお供え餅体型。こんなドレスどうやっても着られない。ヴァイオリニストも背中まで開いたドレス、細くて白くて、私もあんな時代があったのかどうかすら記憶が定かでない。イギリス館は室内楽が良く似合う。楽しく聴き入った夜でした。

猫の次は犬



おかしいでしょう。どんどん画面から消えていってしまうのが。

2011年7月11日月曜日

なっちゃんなつばて


この愛らしい子を見てください。野良猫だったなっちゃんは人間大好き。あー、暑いにゃーん。

初コンサートまでもうすぐ

今月末西湘フィルとしての初めてのコンサートが秦野市で開催される。初めオーケストラアンサンブル西湘の名前で発足して一回目の定期演奏会を成功裡に終えたとたん、名前をとられ、団長、指揮者、トレーナーもろとも、要するにコアがそっくり放り出され、分裂してしまった。メンバーもあちらに付く人、こちらに来る人で半減して、新しく西湘フィルハーモニーと名前を変えて第一回目のコンサートにこぎつけた。しかし、なんだってこんなことになったのか?かなり厳しい訓練に耐えられず、もっと楽しくやろうなんて考えたのかもしれない。いつも音をセーブするように言われ、ドンチャン音がだせなくて不満だったようだけど。洗練された音楽を作るためには、自身の感情のままに吐きだしたら絶対うまくいくものではない。緻密に計算したうえでこそ豊かな感情表現ができるのに、只々感情の赴くままに音を出していくのは、それこそど素人考え。幸いこちらには松元氏というすぐれた指揮者がいて、熱心に指導してくださっている。今回も期待していただきたい。今日はシューマンのピアノ協奏曲の音合わせがあったけれど、ソリストも素晴らしかった。シューマンはわたしの好きな作曲家のうちに入るけれど、死ぬほど美しいのにおそろしく難しい。心に染み入るように聴かせていただいた。初めは不ぞろいだったメンバーも、じっと練習に耐えて非常に向上してきた。基礎をみっちりやっていくのはいささかしんどいけれど、それがあってこそ立派なオーケストラに成長できるので、頑張ってほしい。
コンサートの詳細その他はこちらからご覧ください。 

http://orchestra.musicinfo.co.jp/~seisho/

2011年7月9日土曜日

GALAXYで撮影した写真

箱根美術館のお庭の写真です。こけがきれいです。

箱根美術館のお庭

2011年7月8日金曜日

七夕コンサート

サントリーホールにて。
笹久保 伸            ギター
ゲザ・ホッス=レゴツキ     ヴァイオリン
小松亮太             バンドネオン

笹久保さんはペルーのアンデスで伝承音楽を採集して、それを元に演奏活動をしている。非常にデリケートかつ激しさを秘めた素晴らしいギタリスト。今日も恐ろしいほどの集中力で聴衆を魅了した。今日はケーナやサンポーニャの奏者と奥様のイルマさん(ペルーの歌姫と呼ばれる)も共演した。

ゲザさんはジプシー楽団(ヴァイオリン・ヴィオラ・クラリネット・ツィンバロン・コントラバス)をバックに目も覚めるような演奏。信じられないテンポの速さ、そしておしまいにヴィオラ奏者が女性ダンサーとダンスを踊るおまけつきで満場の喝采を受けた。それまでバンプばかり弾いていてなんのメロディーも弾いていないヴィオラはヒマそうだなと思っていたら、どうしてダンスの腕(足?)前は素晴らしい。

小松亮太さんはオルケスタ・ティピカ(ピアノ・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・バンドネオン)を率いての登場。ゲスト歌手に中鉢聡・シャンティ・そしてブエノスアイレスのタンゴダンスコンクールで初の外国人としてチャンピオンになったHirosi&Kyokoが共演。タンゴダンスは実際に見たのは初めて。本当に色っぽい。しかも格調高い。不思議な体験だった。中鉢さんは声も風采も素晴らしく、歌い手になるために生まれてきた人の感がある。

とてもバラエティーに富んだ出演者とプログラムにひかれてチケットを買ったけれど、やはり私はクラシック以外のコンサートは退屈でいけない。途中で飽きてしまった。笹久保・ゲザさんまでのプログラムで十分。どうしてなのか。クラシックを聴いた後の深い充実感が残らない。余韻を楽しみながらブラブラ歩いて帰りたいなどという気持ちにもならず、さっさと帰ってきてしまった。私は音楽のジャンルに関して、偏見は少ない方だとおもっている。でも、実際はクラシック以外の音楽では満足できない。聴く脳の部野が違うのではないかと、いつも思っている。自分もさんざんこの分野でも仕事させてもらっていたのに、この冷たさはなんだ。クラシックを聞いた時の脳の底深くまで下りていく感じを味わってしまった者にとっては、あまりにも表面的な快楽に思えてしまうのだろうか。とするとクラシック音楽は麻薬みたいなものかもしれない。

2011年7月6日水曜日

知恵をだせって・・・

松本復興大臣辞任。あんな馬鹿な人見たことない。いつも私は自分がバカだと思っているけれど、それよりバカな人がいたので、おどろいた。しかも、これが一国の大臣?なにを勘違いしたものか、開いた口がふさがらない。知恵ってあなたが真っ先に出すものじゃないですか。今までどんな教育と教養を積んできたのか。キャリアだって立派にこなしてきたので、大臣にまでなったのではなかったのか。どんな育ち方をしたのか。それであの態度?すべて、謎。一流大学出て良いポストで日の当たる道を歩んできて、あの思いやりのなさ。家庭人としてはどうなのか。威張り散らす嫌な夫で父親ではないのか。と、品性を疑う。だいたい、政治家がなにか放言しても、まあ、あんなものさと今までは大して気にしたこともなかったけれど、これはひどすぎる。先人(石田元国鉄総裁)の言葉「粗にして野だが卑ではない」を引き合いにして自分は卑ではないと言ったが、あなたは粗です。お粗末の粗。悲しくて腹が立つのでこのところ震災に関する記事はなるべく控えていたけれど、今度という今度は怒ったぞ。私が怒ってもごまめの歯ぎしりだけど、とにかく怒ったぞ。被災地の知事は後始末で寝る間も惜しんでの働きをしていると思うけれど、その知事に向かってなにもやらない奴は助けない・・・絶句。何もできない、またはなすすべもない、が実際のところでしょう。それでも重い足を引きずって一歩一歩前に進もうとしている人達に向かって、あの威張り腐った態度!私があの場にいたらひっかいてやる。化け猫の迫力で目にものみせてくれるのに。

2011年7月5日火曜日

アートメイク

今日は首から上の手入れに余念のない日だった。まず、歯医者へ。歯肉炎が一か月程たっても治らないので、浜松町にあるクリニックへ。歯周病の治療に力を入れているといって紹介された。顕微鏡で覗くと、たしかにほんの僅かだが、居た!歯周病菌、これが悪さをしていたのだ。それでまず、歯磨きと消毒の徹底。そのあと抗生剤を飲んで3日目が今日だった。顕微鏡には歯周病菌が姿を消し、善玉菌がうようよするのが見える。固まっていたカビ菌がすっかり小さくなって健康な口中になっていた・・・にもかかわらず、まだ歯茎がはれている。どうやら力任せに磨くので、傷をこしらえてしまったようだ。あと三日後にもう一度検査。そこで完璧ならば、あとは歯磨きと定期的なクリーニングでこの先健康でいられるというもの。歯の次は目。八丁堀のエステでアートメイク。一切お化粧しないで良いように眉もアイラインも入れてしまおうという魂胆。要するに刺青です。痛くても我慢。後の楽さを考えたらチクチクする位は、なんでもなく我慢できる。でも、隣のベッドの人は「もうだめ」と弱音を吐いている。痛みは不思議なもので、痛みそのものを感じてしまうと我慢できないけれど、痛みの感覚だけを感じると我慢できる。これは自律訓練法で会得したもの。痛いと思うと痛い。痛みの感覚だと思えば痛くない。(なくはないけれど)「猫の目のようにして」と言ったら思いっきり目が大きくなった。レディーガガほどではないけれど。帰り道メールが届いて、ヴィオリストのFUMIKOさんからプレゼントがあるから最寄駅近くで待ち合わせようという。プレゼント大好き。尻尾を振ってはせ参じると、ちょうどタイミングを見計らったかのように、まつ毛の増毛を促すという美容液を頂いた。実は私もすでに見つけて使用中なのに、ちっとも効果が現れない。聞くところによればとても高価なものだというのに、4本セットで一本分という安さ。どうやら10分の1に薄めてあるそうだ。それならお値段も10分の1にするべきではないか。頂いたのは大元の薄めてない方。これでまつ毛ふさふさになれたらうれしいなあ。アイラインとまつ毛効果で、うちの玉三郎をしのぐ美眼となれるかどうか。これでもう一切の化粧とおさらば。朝、水でプルプルっと顔を洗うだけ。ウフフ、無精者には極楽じゃ。

2011年7月4日月曜日

ひげ先生

いままでずいぶん猫のことを書いたのに忘れていたひげ先生。申し訳ない。あれほどお世話になったのに。今日いつもは通らない道(お墓の前をなので)を通った時、そういえばひげ先生の家はこの辺なのに・・・見当たらないと思ったら、外壁がグレーからクリーム色に塗りなおされていた。先生が亡くなってから何年になるのだろうか。なおこちゃんという猫がいた。それは賢い猫でドアノブをまわしてドアを開けたり、言葉も数語使い分けるほどの子だったけれど、私が一番忙しい時期で留守がちの寂しさを解消するために、もう一匹よそから貰われてきたのがチュウ。ある日その子がひどく苦しんで吐き戻し、あっという間に衰弱してしまった。近所の獣医さんでは信頼が置けず、探し回って見つけたのがK動物病院。やさしいおじいちゃん先生と車いすに乗った先生と、そしてひげ先生の治療もむなしく、結局死んでしまった。車いすの先生とひげ先生は兄弟で、お兄さんが事故で車いすの生活になってしまったとき、ふつうの大学を出て就職していた「ひげ」は、もう一度獣医科を受けなおして、お兄さんを助けて獣医として働き始めた。うちの歴代の猫たちはそれ以来、どれほどお世話になったことか。私たち(私と姉と姪)は陰で親しみを込めて「ひげ」とよんでいた。ちょっと宇崎竜童に似たライダー風で格好良く、BMWの1000CCのバイクに乗っていた。うしろに載せてねと言ったら「命の保障はしないよ」といわれたけれど、結局バイクがあまりに重いので乗りこなせなくて、車庫入りとなってしまった。あるとき朝電話すると「なんで電話するんだよ」という。しゃがれた声で。だって用事があったからなのに。「昨日飲みすぎたの?」と言ったらあいまいな返事。その時にはもう喉頭がんが進行しているのに私は気が付かなかった。本人の口からもう血液に転移していると聞かされて愕然としたけれど、なすすべもない。彼は結婚するとき奥さんに連れ子がいて、その子を自分の子とわけ隔てなく可愛がっていた。引き取り手のない動物も引き取って世話していた。乱暴でぶっきらぼうだけど、本当に優しい人だった。私が散歩の途中で野良猫を見つけて来ては「ひげ」の手を借りに行くので、怒って「もう散歩なんかしないでよ」と言う。「そんなこと言うと、この次貴方が困っても助けてあげないからね」とこちらも怒って言い返したたけれど、その時にはガンが進行していたのだ。本当にひどいことを言ってしまったと後悔している。私とは同じ年代の悪たれ口をきく良き間柄だったけれど、生きているうちにもう少し感謝の気持ちを伝えておけばよかった。

2011年7月3日日曜日

遮熱塗料

今年の夏は原発事故による電力不足が予想されている。去年まではクーラーがなければ生きていけないほどの暑さだったので、心配していたけれど、レッスンの時以外まだクーラーを使ったことがない。エアコンの温度表示は28度とでていても、意外に暑くない。湿度が50パーセントを超えると、ドライ設定にしておくだけ。それも一定の湿度になると、ほとんど切ってしまう。よくよく考えてみたら、震災で家の外壁のタイルが剥がれ落ち、それを修理する勢いで屋根の防水工事をやってもらったことが良かったのかもしれない。せっかく足場が組んであるのだから、今のうちに屋根の工事もやってしまおう。新しくまた足場を組むのはお金も手間もかかるから、ちょうどいいチャンスとばかりに頼んでからふと考えた。新聞で遮熱塗料の記事を読んだけれど、あれはどうなんだろう。屋根や屋上にその塗料を塗ると熱を遮って外気温よりも3度以上低くなるというのは。塗装屋さんに訊くと、とても効果があるそうで、約5度は下がりますという。工務店の社長は渋い顔をする。予算内でその塗料を塗ればかなり儲け幅は少なくなる。もう一度見積もりをやり直してもらうと、約20万円の差額の上乗せが出た。でも、今年の夏を乗り切るためには仕方がない。どうのこうの言っていられないのでお願いすることにした。それで今、この涼しさは本当にやってよかったと思っている。まず家に入ると、去年まではムオッと熱気が襲ってきたものがなくなっている。猫たちも幸せそうに昼寝している。特にレッスン室は二重窓になっているので冷気が残っていて、一度一時間ほどクーラーをつけると、そのあとずっと涼しいままでいる。3階の部屋の人たちはどうなのか知らないけれど、少なくとも2階ではかなりの効果がある。いまや、科学の力でできるなら、電力不足もなんのその・・・原発は本当にいるのかなあ。むしろ、原発事故で足りなくなった電力を補えるほどの科学力が日本にはあるのではないかと思える。水を含むことのできるアスファルトとか、壁に水を含ませられるものをぐるりと張り巡らしておいて、太陽光があたるとその気化熱で反対に家全体が冷えるとか・・・水は地下を通して循環させ、その間に冷やすなんてできないのかしら。幸い今のところ水が豊富だから、これを利用しない手はないと思うのだが、どうなんでしょう。循環にかかる電力がどのくらいのものかわからないから、素人の浅はかさかな?

2011年7月2日土曜日

枝おろし。

狭い溝に生えた木が伸び伸びとお隣に枝を伸ばしていく。根っこはどうなっているのだろう。コンクリートの下の土に潜り込んで地中からチュウチュウと養分を吸っているのだろうか。そのうち家ごと持ち上がってきて樹上小屋のようになったら面白い。とにかくお隣の敷地に伸びた枝はカットしないといけない。先日電動ノコを買った顛末はお話したけれど、今度は普通の電ノコ。持ってみると意外と軽い。歯をセットしてちょっと電源をいれてみる。チェーンソウほどはすごい音がしないので、やれやれ。下のほうの枝を切ってみると易々と切れる。でも、ちょっと惜しいことしたかな。一度だけでもチェーンソウを使ってみれば良かった。とにかくものすごく切れるそうだから。あの音には耐えられなかったと思うし、今頃怪我をしていたかもしれないので、やはり使わないで正解だったとは思う。でも、好奇心が猫を殺すって言うじゃない。私は猫族。好奇心が強すぎて困っている。そろそろ好奇心がうずいて、どこかへ行きたい病が起きそうな気配。ここはおとなしく軽井沢の友人の別荘に滞在するに留めておこう。その時にこのノコが役に立ちそう。朝晩冷えるときに暖炉にくべる薪をつくってあげよう。別荘の持ち主は通称ノンちゃん。お人形つくりの世界では、最高の賞をもらったすごい人なのです。見た目は柔和なおっとりとした外観なのに、うちに秘めた強さは驚くべきもの。言葉がわからなくてもどんどん一人で外国にいってしまう。本当に言葉が通じないところでも、たぶんニコニコしながら、自分のやりたいことはしっかり全部やってくるに違いない。私はこう見えても結構慎重なところがあるから、わけが判らないところではガイドさんを雇うけれど、彼女はそれもなしで平然と旅してくる。肝っ玉の大きさが規格外なのだ。アラスカでスキーのコースを外れ滑落した時も、落ちながら何を考えていたかというと「ああ、私はアラスカの大地を滑り落ちているのだわ」と思ったそうで、その落ち着きは驚嘆すべきものがある。怪我一つせずに悠然と戻ってきた。私よりだいぶお姉さんなのに、ノンちゃんはすごい!

2011年7月1日金曜日

月例弾く会

毎月第一金曜日は、ピアニストの友人たちと自分が弾きたい曲を持ち寄って弾く。今日は特別参加に、一昨日一緒に演奏したFUMIKOさんを同行。ヴィオラとの2重奏を披露した。病院でのコンサートには練習が間に合わなかったヘンデルの「パッサカリア」各々の楽器の技術的にも、合わせることも大変難しくて敬遠されがちの曲。今日も間に合ったとは言えないけれど、なんとか最後まで弾きおおせた。辛口の採点でピアニストたちからは「丸は上げられないわ。来月もう一度弾いて」とのおおせ。はいはい、何回でも弾きますよ。どうせ、私自身の血となり肉となるのだから。そのほかにはフランク、ショパン、ハイドンなど大曲が並ぶ。相変わらずよく練習する人たち、この暑さのなかでも勉強を怠らない。学生時代は優等生、そして今も着々とレパートリーを増やして、年を増すごとに上手くなっていくかつての学友に尊敬の念を抱いている。私自身はもう一曲、ベートーヴェンの「ソナタ2番」を弾かせてもらった。譜面は簡単そうに見えて、実は難しいという、一番いやなパターン。ピアニストたちはヴィオラの演奏を目の前で聴かせてもらって、大喜びをしていた。ヴィオラのソロというのはめったに聴く機会がないから感激して、またぜひ参加するようにFUMIKOさんを口説いていた。終わってからの食事会では、特にファッショナブルなFUMIKOさんがいるので、美容の話に花が咲いた。私たちは年をとっても人前で演奏するのが仕事だから、普段はともかく、ステージに上がった時にはきれいでないといけない。私自身いつもはTシャツ、ノーメイク、つむじが寝癖でぺっちゃんこでも、いざとなれば口紅もつける。その時に普段のベースの手入れがなっていなければ、絶対にきれいには見えないでしょう。だから肌をきれいに保つ努力はしている。お金もかかっている。残念なことに大元の骨格スタイルが悪いのでたいして効果はないけれど、しないよりはまし。FUMIKOさんはスタイルもセンスもいいから、羨ましいほどドレス姿が映える。いいなあ。ピアニストも美人揃い、ここでも私は外れっ子なんだ。