2012年4月12日木曜日

花の命

雪景色から一転桜吹雪。家の前の桜並木は今満開で、花のトンネルとなっている。桜の花にはなにか浮世離れしたところがあって、一瞬境界線状をさまようことがある。この世ならぬ狂気の美しさのようなものを感じる。これが花が散って若葉の頃には掻き消えてしまう。日本人の桜好きは、人の心に棲みつく暗闇の対象として桜をとらえているからではないだろうか。昨日雪山から帰ったら知人の御嬢さんの自殺の報が入っていた。30社近く受けた就職活動が上手くいかずことごとく失敗に終わり、自分を否定されたと思ったのではないかという。しかし、受けた会社が必ずしも彼女に向いているかどうかは疑問だから、あきらめずにほかの業種の会社も受けてみればよかったのではないかと思うのは、他人事だからと言われても返す言葉もない。でも、どうして。会社に所属しなくては仕事はできないものだろうか。かくいうこの私はもう何十年もの間フリーと言う名の厳しい社会に身を置いてきた。フリーと言っても決して自由ではない。いつでも待機状態。仕事を頂かなければ収入はその日から途絶える。保険や年金の社会保証もすべて自分自身で加入し、ボーナスもなければ有給休暇もない。とにかく働くために現場に行かなければ収入はないし、呼ばれなければ仕事もない。病気でも約束なら行かなければならない。そんな状態でようやく生活をしてきたけれど、一度もその状態を悔いたことはなかった。仕事がなくなるとこれは自分の技術が足りないのだからと、ヒマな時間を勉強にあててきた。それが次の仕事に生かされると言う綱渡りだけど、緊張と感激に満ちた生活をとても楽しんできた。この御嬢さんも会社に就職するだけが仕事ではないと考えられたら命を絶つことはなかったのではないか。今真っ盛りの桜の花のような年頃なのに本当に痛ましい。どんな思いで命を絶ったのかと思うとかわいそうでかわいそうで言葉もない。会社に入らなくてもお金は稼げるのに。これから手に技術をつけるための勉強をすれば、何年後かにそれが役に立つだろうに。これも桜の季節の底冷えのする精神状態のためなのか、わからないけれど残された親御さんの悲しみはいかばかりかと思うと、暗澹たる気持ちになる。

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