2013年6月6日木曜日

先生の引越し

若い頃よくヴァイオリンのレッスンに通ったN先生が引越しをされるというので、お手伝いに行くことになった。引越しを決めて自宅を売りに出したら、あっという間に売れてしまって慌てて引っ越すことになったそうで、楽譜や楽器の整理に困っているのでお手伝いに行きましょうよと、旧友のKさんから電話があった。長年活躍された方だから、膨大な楽譜の量だと思う。世田谷のご自宅にはせっせと通ったもので、私たちの青春時代の置き土産が又一つ減ることになる。先生は大柄で怖くてすべてが型破りだったが、優秀な門下生が多くて刺激を受けた。当時の発表会は今でも第一線で活躍している人たちが参加していたので、そのころその人たちも若かったとはいえ相当なハイレベルだった。先日古いプログラムが出てきたので見たら、大曲がずらりと並んでいた。そんな中でひときわ呑気な私がいるのだから先生も私のことは半分諦めていたと思う。それで、レッスンもなんだか先生はいつも笑っていて、あまりにも出来が悪いので笑うしかなかったのかなあと思っていたが、私が近年コンサートをしたときに聴きにきてくださって、他の人から「先生がほめてらしたわよ」ときかされたのがうれしかった。演奏よりもいつまでもだらだら続けていることへのご褒美の言葉と受け止めている。懐かしいレッスン室はダンボールが置かれ、足の踏み場もない。先生が使っていたヴィオラが一つ、もう弾くことはないからどなたか使ってくれないかとおっしゃるのでケースを開けてみた。もうおそらく何十年と封印されていたヴィオラが顔を出す。かわいそうにボロボロの弦と弓の毛が劣化でばさばさ。名前は非常に有名な製作者で、本物ならすごく高い楽器なのに、哀れな顔をしている。楽譜は3人でさっさと片付けて夜も更けたのでお暇する。名残惜しげに見送ってくださる先生が少し小さくなったような気がする。帰ってから早速ケースを開いて楽器を取り出して格闘がはじまった。まずボロボロの弦を張り替えて、言うことをきかない糸巻をギシギシ回す。やっと正しい音に調弦出来たと思った途端、緩んでしまう。一本合わせていると他の一本が緩むといった状態でほとほと疲れた。夜も遅く大きな音は出せないから、そのまま放っておいて今朝、再度調弦に挑んだ。ペグ(糸巻)にペグチョークを塗って弦の巻き終わりがきっちり端につくようにするとやっと落ち着いて、音合わせができるようになった。柔らかく深みはあるが、長い間眠っていたのでかなり寝起きの悪い音がする。これがしっかり鳴り出すのはひと月くらいかかるかもしれない。楽器は弾いていないと眠ってしまうので、外国の名器を保存する博物館には毎日それらの楽器を弾く係がいるそうで、なんていい仕事なんでしょう。一日中名器を弾いていられるなんてうらやましい。そんな仕事はないかしら。








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