2010年5月17日月曜日

夢見る元少女

夜も更けたというのに眠りたくない。起きていれば楽しみや(勿論心配事だってある)やりたいことがいっぱいあるのに、なぜ、寝なければいけないの。子供の頃、必死で起きていても、あっという間に眠ってしまい、朝、目が覚めると、お布団に地図。そう、おねしょを4年生までしていたつわものは私です。寝付くまえのひと時の楽しみは空想の世界。色々なキャラクターがいっぱいいて、今日はこの人を主人公にしようと決めて、物語を作る。でも、途中で眠ってしまい、次の朝目がさめるとすっかり忘れてしまっている。どこまでが自分のはなしで、どこからが夢だったのか。大人になって、お酒を覚えると、どこからが酔っ払っていたのか、が加わるようになる。多少境界線上にいる自分をながめて危ういと感じるが、どちらかというと、これは幸せなのかもしれない。現実がとてもよく把握出来る人がいる。見ていると取り越し苦労や、生活苦を人一倍感じてしまうのではないのか。「お金がない」「夫と上手くいかない」「子供が心配」「体が思うように動かない」などなど。  うちにはお金もないし、最近仕事もないし子供もいないから、老いさらばえたら独りで生活苦を乗り越え、生きていかなかればいけない。でも、生まれてきたときも独りでどこかから来たのだから、逝くときも独りで行けるでしょう。人間、本当に孤独なもの。だれも、一緒には逝ってくれないから、孤独を楽しいと思えるようにしないと。幸い子供の時から独りが苦にならなかった。 音楽がいつもあったから。気障な言い方だけど、同じだけの生活水準なら、芸術が愛せたなら、幸せ度は天と地ほどの差がある。
早い話がモーツァルトを聴けば、不幸せなんて消えてしまう。(モーツァルトは大変な高給取りだったそうですから、私はその点、彼よりずっと不幸なのかしら)下の句は「それにしても金のほしさよ」にならないよう、さもしい人間にならないように、現実から目をそむけて生きていくのが一番。
こんなこと言ってると、世間からつまはじきだね。

2 件のコメント:

  1. 浮き世離れしてるようでフッと我に返って大変な思いをすることがあります
    ある瞬間パチっと現実が把握できちゃうんですねぇ。で、これがまたしつこい
    以前ならそういう時はふて寝だとばかりにごろんとしたものですが、事態は当然目が覚めても変ってるはずもなく…
    最近では別のやっかいごとを抱えて前のを忘れるといった荒技で現状を乗り切っています

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  2. 多少はやっかいな人生でないと刺激がほしくなるし、人間の欲望は一筋縄ではいかない。でも、少し変った人の方がチャーミングなのと同じで、厄介なほど生きている実感がわきますね。この投稿は載せてから、しまったと思ったので、次の反省文をのせましたが、なにか弁解じみて、潔さをよしとするnekotamaらしくなく、又落ち込んでおります。又厄介ごとが増えました。

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