2012年1月29日日曜日

ラ・ボエーム

コーラスの裕美子さんとそのお友達の由美さんと3人で、新国立劇場のレストランでランチ。久しぶりに会ったので、おしゃべりも食事も中々終わらず、ギリギリの入場になった。なんといってもオペラの中でこのボエームは一番のお気に入りだから、往きの車の中からアリアを口ずさんでしまう。始めのほうから段々に終わりの方の歌まで、うろ覚えながら歌っていると、もう涙がポロリ。今からこんなでは先が思いやられる。オーケストラは私の古巣の東京交響楽団。一幕はどうやら泣かずに持ちこたえたけれど、2幕はもうだめ。このオペラは本当に他愛ない筋書だけど、音楽がいいから必ず大泣きしてしまう。何回見ても泣く。CDでも泣く。自分で歌っていても泣く。もともと涙もろいほうだけど、このオペラに関しては涙腺が異常にもろくなる。オペラというのは本当に贅沢の極み。大きな劇場にオーケストラ、舞台装置、コーラス、バレエ、大変なお金がかかる。見ている方はオケピットでチューニングが始まると、もう期待で胸がドキドキする。指揮者が入ってきて序曲が始まる、そして幕開け・・・この辺ですでにうっとり。そのあとは3時間別世界に引き込まれ、泣いたり笑ったり。全部生音なのがいい。どんなに大きな音でも決して耳障りにならない。スピーカーを通すと音の大きさには限界があるけれど、生音なら音の響きに包まれる幸せを感じることができる。批評によれば、今回の公演でオーケストラが大きすぎて、まるでアメ車のようだと書かれていたそうだけれど、私はすこしもそうは思わなかった。歌もちゃんと聞こえていたので。すぐれた歌手は100人くらいのオーケストラがフル演奏してもびくともしない。人間の声というのは体に響かせれば、高性能のスピーカーにも負けない声量が出る。それは会場の反響を利用できるから。ヴァイオリンだって同じこと。あんな小さな楽器の音が何千人もの客席の隅々に届くのは、会場自体を味方につけるから。会場そのものが楽器となるように響かせるのが大きな課題となる。だからいかに響きを殺さないで演奏するかが大切になる。手元で圧力をかけすぎて音を殺してしまうと、もうどんなにしても会場に届いて行かない。届かなければ反響しないで自滅。今までずいぶん自滅しました。緊張すると硬くなって音をつぶす。だから一流の演奏家でさえ、一曲目というのは響きが悪いことがある。今回のミミも一幕は声がかすれていたけれど、そのあとはどんどん素晴らしくなっていった。なによりも全体に気品があって、真っ向から古典的な演出になっていたのがうれしかった。

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