2011年6月28日火曜日

ほったらかしの薦め

痛さには強いほうだ。子供のころはほったらかしにされていたので、転んだり木から落ちたり、三輪車で猛スピードで坂を下ってこけたり、まあ、いろいろやってのけていて怪我が絶えないのに、親は治療もしてくれない。気が付かないほど生活が大変だったのだと思う。6人の子供がいて、姑が寝たきりで、母はそれこそ目が回る忙しさ、今のように洗濯機もなくて、子供たちの衣類の洗濯だって重労働だったはず。その上父は遊びたがり屋で私にそっくり。いや、私が父に似ているのか。昔の男だからうちの手伝いなんて一切しない。町内のボスとして外面が良くて、しょっちゅう人を呼んで宴会をしている困った人だった。だから末っ子が多少の怪我をしても、誰も気がつくはずがない。傷口が膿んで熱を出しても一人で耐えなければならなかった。命にかかわらなければ、放っておかれた。自分で薬を塗ったり、医者にも親が付いていくなんてまずない。小学生の時から一人で病院に行っていた。今どきの親なら信じられないでしょう、こんなこと。そんなわけで、かなり痛みには耐えられる。泣いても騒いでも誰もどうかしてくれるわけじゃないから、泣かない子供だったけれど、一度だけ大泣きしたことがある。蜂に刺されてあまりの痛さに、さすがに母に慰めてもらいたくてベソをかいていたら、「いつまで泣いているの、ままっ子みたいに」と叱られた。痛みで泣くより、ままっ子に反応して、もう悲しくて悲しくて、ワッと泣き出した。末っ子はいつも兄姉のおもちゃ。よく「あんたはね、橋の下で赤いおべべを着て捨てられて泣いていたのを、かわいそうだからってひろわれたんだよ」こう言って私がベソをかくとどっと笑うひどい姉たち。だから、ままっ子は私にとって禁句だった。体の痛みは平気だけど、心の痛みには弱い。私がほいほい外国に一人で行くと皆驚くけれど、子供の頃から一人でなんでも考え実行するほうだったから、どうということはないのです。

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