先日70周年の定期演奏会を終えた「古典音楽協会」はコンサートマスター引退のため、新しい体制で出直すこととなった。
前コンサートマスターの角道徹氏は御年85歳、稀に見る長寿の演奏家としてつい先ごろまでNHKのスタジオ505の仕事をされていた。コロナ禍がなければもう少し早く引退なさる予定だった。人間コンピュータと呼ばれるほどの頭脳と強靭な意志で「古典」のすべてをリードして、長年のファンを獲得し経済的にも安泰だった「古典」のメンバーは彼に頼り切っていた。
そして今回の引退を受けて存続か終了か迫られた残る団員たちは存続の道を選ぶことにした。けれど、その道を選んだおかげで苦労の連続が始まった。なにもかもわからないことだらけ、東京文化会館といういわば老舗のコンサート会場で演奏するには書類の審査はもちろんのこと、全てが細部に亘って間違いがあってはならない。しかし、演奏家としの道しか歩んでこなかったメンバーにとって、何がなんだかわからないことだらけ。
ところがメンバーのうちにはこういうことに長けている人がいるもので、誰もやらなければ私がと孤軍奮闘してくれる人が出てきた。お陰で文化会館の親切な対応もあって書類審査も通り、来年3月12日(火)新体制での定期演奏会ができることになった。一つの目標に向かって歩んでいると自然に役割分担が決まってくる。
まず初めは新たな道を進むには軍資金が必要になる。これは前会計の杜撰な仕事が発覚して大変に困ったことになったけれど、新会計二人と事情のわかっている数人の者たちの必死の働きでようやく資金が確保されていよいよ船出することができることになった。このときの皆の結束は素晴らしく、私は何年経っても忘れることはできないと思う。演奏者としてだけでなく人柄も能力も本当にすごい人達の集まりであると誇りを持って言えるのが何よりも嬉しい。
数々の問題を乗り越えながら着々と準備が進められて素敵なチラシも出来上がった。新しいメンバーも素晴らしい人達が集まってくれた。今古典のメンバーは最強のレベルになったと思う。いずれも腕は確か。人柄、キャリアも素晴らしい。若者も参加してくれる。
オーケストラをやめてから「古典」以外でも私は数多くのコンサートに参加してきた。数の多さもだけれど共演者のレベルの高さにも恵まれたため一つコンサートが終わると何日も練習を重ねたような効果があって、素晴らしい体験を重ねることができた。本当に幸せな演奏人生が送れたのだった。だからここで引退したとして悔いが残ることはない。
そして今日は角道さんの送別会を開いた。長年のコンサートマスターの重責の終了をねぎらってお疲れ様会になるはずが、反対に角道さんの元気さを目の当たりにしてこちらが労われているのではないかと錯覚しそうな雰囲気になった。声にも張りがあり背筋まっすぐで到底85歳には見えない。いまだにヴァイオリンを持ったらためらうこともなく朗々とソロを弾かれるに違いない。人間の能力年齢は生きてきた年月ではなく、どう生きてきたかによって決まるらしい。
人生の締めくくりにおいていちばん大切なことは、努力を重ねた自分の人生に泥を塗らないようにすることだと思う。どうせ死ぬのだからやりたい放題をと思うのもその人の勝手だが、自分の全人生の否定となるようなことをやってはなんと虚しいことかと思う。
ではここでお知らせです。
2024年3月12日(火)19時開演 東京文化会館小ホール
シュターミッツ:交響的四重奏曲
ヴィヴァルディ:オーボエ協奏曲ニ短調 Ob.石橋雅一
ヴィヴァルディ:調和の霊感 作品3-12 Vn. 山中 光
テレマン:無伴奏ヴァイオリンのための12の幻想曲より第一番 Vn.山中 光.
ヘンデル:クラヴサン組曲第5番ホ長調 Cem.石橋礼子
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番
今回は特に新しいコンサートマスターに焦点を当てご紹介の意味で彼の演奏がメインになっています。テレマンの無伴奏幻想曲は音が非常に簡素でありながらバッハの無伴奏に匹敵するほどの音楽性の確かさを試される曲であり、山中さんの透明感のある美しい音を十分にお聞きいただける目玉商品です。
それからいつも言われるのだが、チェンバロの音が小さくて聞こえにくいというので今回は伴奏なしの独奏曲を堪能していただこうと思っている。ヘンデルの有名な、お聞きになればああ、あの曲と誰もがわかる曲もご用意しておきました。
コンサートマスター以外ではヴァイオリンが二人、一人はベテランでもう一人は20代の女性、ふたりともキャリアも人柄も申し分なく、ヴィオラはベテランで外部のヴィオラ奏者から熱烈な推薦を受けた人なので一緒に弾くのがたいそう楽しみです。
長年ご支援ありがとうございました。皆様とともに成長してきた古典音楽協会の音は今後も皆様とともに進化していくことと思います。ステージを作るのは演奏者だけではありません。裏で支えてくださるスタッフ、聴いてくださるお客様、それを受けて理想の音を追い求めるわれわれ演奏者たち、誰が欠けても実現できませんので今後とも皆様のご支援をよろしくお願いいたします。